思い出のブルートレイン
昨晩、ビールを傾けながらTV番組の情熱大陸を観ていた。
特集されていたのは、鉄道を愛し続ける政治学者「原 武史」

冒頭、これをもって廃線となるブルートレインが駅を発車した。そのニュースは以前に聞いてはいたけれど、発車して行くさまをTVの中で見せられたとき、不意に学生時代の風景が、心の中から湧き出してきた。

沖縄、鉄道のないこの島で、私のちょっとした自慢話は、学生時代に「ブルートレイン」で博多から東京まで行ったことだ。夕方出発して翌朝東京へ到着する。18歳だった私は、話の中でしか触れたことない旅情に胸を膨らませて電車に飛び乗った。

駅の売店で、ちょうどその時期に帰省する友人と連れだち、道中の飲み物と、暇つぶし用の週間漫画雑誌を大量に買い込み、初めて体験する寝台車へ腰をかけた。ちょっとしたトラブルで1時間ほど送れた電車は、少し陽が陰ってくるころの博多駅を出発した。

電車は、深夜に近いころ広島に着いた。ここで乗せる乗客を最後に、後は東日本まで一直線、私の記憶ではそうである。

深夜まで起きているような生活が続いていた学生時代の私が、寝台車ですぐに寝付けるはずもなく、また夜をひた走る列車の窓からは、景色も眺められずに退屈だった。それでも、あわい憧れのあった寝台車に乗っているというその実感が、退屈を楽しみに変えてくれた。

寝台車に揺られ、いつの間にか眠りについた私は、カーテンの隙間から照らす太陽のまぶしさに目を覚ました。すでに列車は帰省のために乗った友人を降ろし、小田原を過ぎた。終点の東京駅はもうすぐだというところでアナウンスが流れ。

東京駅終着だったこのブルートレインは、二つ前の駅「品川」を終点とするらしい。
発車遅れのためだろうか…

私は正直あせった。「迎えに来てくれるはずの彼女は東京駅にいるはずだ。それを品川で止まるなんて!」品川止まりとなったブルートレインを飛び降り、山手線へ乗り込む。終点予定だった東京駅へ急いで向かった。

しかし、そこに待ち人はいなかった。

携帯電話の普及していなかった時代、連絡手段は固定電話しかない。

一時間ほどホームで時間をつぶした後、つながった電話の先に、心配しながらも連絡を待つために部屋に帰った彼女の声を聞いた。

 その後、慣れない東京の街で、山手線と小田急線を乗り継ぎ、彼女の待つ世田谷へと向かった。


長い間、九州と東京とを繋いでいたブルートレイン「さくら」と「あさかぜ」は、2005年3月1日をもって廃線となり、思い出の列車にもう一度乗って旅をする機会は失われてしまった。それでも、またいつの日かブルートレインに揺られながら旅をしてみたい。
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by 45ks | 2005-05-30 17:21 | 日々
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